ちょっと頭の片隅においておくといいかもしれないWordPress関連の2つの論争

日本では殆ど話題にも上らなかったのですが、今年(2010年)初夏のころ、海の向こうではWordPressに関して2つの大きな論争が持ち上がってました。1つはWordPressが採用しているライセンス「GPL」とその商用利用に関する論争。もう1つは3.0から新たに加えられた“機能”に関する論争です。1つ目の論争は、一応、解決しています。2つ目は、3.1にて何かしらの対応がされると思いますが、本質的には解決していません。

技術的な話題ではないのでスルーされがちですが、WordPressの本質に関わることなので、日本の開発者やユーザーの皆さんも「こういうことが起こっている」程度でもいいので、知っておき、頭の片隅にでも置いていた方がいいのでは?と思い記事にしてみました。

2つの大きな論争とは:

  1. WordPressが採用しているGPLライセンスに関する論争
  2. WordPress3.0に埋め込まれた”P”に関するコード

です。

なお、僕もこの2つの論争をはじめから全てフォローできているわけではありません。静まったと思ったらまた再熱したりしています。議論が交わされている場所も無数にあります。それから、僕自身はWordPressコアの開発には加わっていないので、裏事情までは知りません。幾つか英語の記事や、Trac上のチケット、そしてそれらに寄せられたコメント等を読んで、状況を大体把握できたしだいです。そこはご了承下さい。

修正(2010-10-29 00:31):記事のタイトルの「片隅に」の「に」が抜けていたので修正しました。 thanks @naokomc

WordPressが採用しているGPLライセンスに関する論争

まず1つ目はGPL関連です。”また”GPL関連です。WordPressコミュニティーでは幾度と無く話題に上っているトピックですね。日本でもこのGPLというライセンス形態がなかなか正確に理解されず、特にWordPressの商用利用においてはハードルの1つになっているんじゃないでしょうか?日本のプレミアムテーマでも、はたしてライセンス形態をきちんと理解した上で売っているのだろうか?と思う物もあります。

GPL

改めて整理します。WordPressはGPLです。GPLのライセンス要項の1つに、そのソフトウェアがGPLの場合、そのソフトウェアのソースコードを利用したり改変したりするのは自由であるが、配布行為を行う際にはその元となったソフトウェアのライセンスを引き継がなければいけない、というのがあります。要するに、WordPressのソースを利用したり改変したりするのは利用者の自由であり、それをどのように―商用、非商用にかかわらず―利用するかはその人しだい。ただし、それを不特定多数の人に配布する場合はWordPressのライセンスであるGPLを引き継がなければいけない、ということです。

この問題、とくにテーマやプラグインにおいてこのライセンス内容をどのように解釈するかは、これまで幾度と話題に上っていますよね。英語圏では、忘れたころにこの議論が再熱、を繰り返してきたように思います。特に去年、プレミアム・テーマがポピュラーになってきたときは、(大ざっぱに言えば)「WordPressのコア開発陣及びAutomattic vs. テーマで収入を得ている人」の対決となり、これまで以上に熱い議論が交わされたと記憶しています。

プレミアム・テーマ

しかし、GPLを採用しながらも利益を上げているプレミアム・テーマが1つ、2つと増えていくと(例えばWoo Theme)、しだいにGPLを採用しているプレミアム・テーマが増えていきました。ただただテーマを売るだけでなく、手厚いサポート体制や、他の購入者との交流の場を設けたりし、付加価値を上げることにより、購入者を増やしているのです。

しかし、「これでは生活ができない」とし、かたくなにGPLを採用しないプレミアム・テーマはまだあるようで、今夏に(ちょっと言い方が悪いですが)槍玉に上がったのが非常にポピュラーなThesis。特にマット・マレンウェッグとの間で話がこじれてしまい、「法廷にもっていく」とまでマットが言い出す状況になってしまいました。Thesis側は「テーマをGPLにしてしまうと我々のビジネスがつぶれるかもしれない」と主張していました。しかし実際Woo Themeのように利益をあげつつGPLを採用しているプレミアム・テーマがあるので、その主張はあまり強いとは言えません。また、このテーマの中にはWordPressのコアのコードを流用している箇所があるらしく(と開発者の1人は語っています)、そうであればこのテーマもWP本体が採用しているGPLに則って、GPLを採用しなければいけないということになります。

更に、これまでGPLのライセンスが法廷にて争われたことがない米国の法廷にて争われたことがない(下記加筆注意)点がこの議論を大きくしていました。僕は法廷やライセンス、著作権の専門家ではないので軽々しく書けないのですが、「ならなければいけない」というのは、あくまでもフリードマンストールマンによって提唱されたGPLの中では、です。法廷で争われた実例が無いために、マット側が敗訴する可能性もある、ということです。となると、WordPressだけの問題ではなくなってくる・・・そこがこの論争の行き着く先の本質だったと思います。

修正+加筆(2010-10-30 16:48):はてブで指摘の有る通り、フリードマンではなくストールマンです。超ケアレスミスです、すみません…

修正+加筆(2010-10-29 11:30)おでさんがコメント欄にて指摘してくださった通り、2006年ドイツにてGPL違法利用の裁判(民事訴訟)があり、GPL利用違反と、GPLの法的有効性を認める判決がでていました。これはドイツ国内でのみ有効であり、米国や日本でどうなるかは分かりません。とはいえ、GPLの利用違反で訴訟される可能性はどの国でもあり、少なくともこういう事例があるという事です。参考リンク:GPLにドイツ裁判所からお墨付き – SourceForge.JP Magazine : オープンソースの話題満載

「敗訴すればGPLのみならずオープンソース関連の利用に大きな影響が出る」「勝訴しても深い傷を残すだろう」などなど、英語圏のコメントをいろいろと読んでいると、マットの主張には賛成するが、提訴は反対という意見を結構見かけました。今のこの状況が崩れるのを恐れている開発者が多いことがよくわかります。

終焉

結局どうなったか?

こりゃ法廷へ行くんじゃないかなー、と思っていた矢先、ThesisがGPLを採用することに方針転換し、危機を回避。どちらが正しいとかはさておき、事態が沈静化して、前に動き始めたのはいいことです。日本の個人・法人でプレミアム・テーマやプラグインを発売されている方々は、今一度ライセンスについて理解を深めておいて損はしないと思います。

WordPress3.0に埋め込まれたコード

二つ目の論争は、WordPressの「P」の話です。

WordPress3.0がリリースされましたが、このバージョンからcapital_P_dangit()という関数がコアの中に付け加えられました。このコードが何をするかと言うと、記事のタイトル(the_title)、記事の本文(the_content)、そしてコメントの本文(comment_text)に、間違ったスペルのWordPressが書かれていると、それを自動的に正しいスペルに修正する、というものです。(厳密にいうと、DBには間違ったまま保存され、記事として動的に出力される時に正しいスペルで表示するようfilterがかかります。)

WordPressの正しいスペルはWordPress(WとPのみ大文字)です。WordpressもwordpressもWORDPRESSもWoRdPrEssもWord Pres もWordPress(=小さい大文字)も全て間違いです。「単なるスペルミス」と思われるかもしれませんが、WordPressは固有名詞であり、商標登録もされているので、正しいスペルで書くことは大切なことです。

実はこういうスペルミスは、ネイティブもよくやっています。単なるケアレスミスの場合もあるし、知らなかった、そんなの気にしない、等様々です。以前からよくあることで、きちんと書こうという声が過去にもあがっています。

しかし・・・

さて、このcapital_P_dangit()。スペルミスを修正してくれるこの関数は一見便利です。しかし今回はこれ関して2つの問題があり、それらが議論の対象となっています。

1つ目は技術的な問題です。

例えば記事本文内にリンクhttp://hoge.com/wordpress.jpgが貼ってあるとします。そのリンクのURLに”wordpress”と含まれてますよね。これも”WordPress”と置き換えられhttp://hoge.com/WordPress.jpgと出力されます。そうすると、そのリンクはリンク切れになってしまいます。そんなファイル名やURLを付ける人が多いか少ないかはともかく、プログラムのバグには変わりありません。

内部へのリンクであれば、この際全部書き換えて対応する手があります。しかしそれはそれで物凄く大変です。そんなことやってられない、が正直なとこでしょう。そして外部へのリンクであれば、どうにもこうにもすることはできませんよね。

2つ目はWordPressのブログソフト/CMSとしてのもっと本質的な問題です。

このcapital_P_dangit()論争に関してJustin Tadlockさんが書かれた記事に素晴らしくまとめられているのですが、要するに、我々が書いた文章をソフト側(この場合WordPress)がその出力を勝手に編集し出力してしまってよいのか?ということです。たとえそれがスペルミスであっても。これは、僕たちが書く文章をWordPressが一種の「検閲」を行っている、と解釈されてしまう恐れがあります。

さて、この論争はどうなるのか?

技術的問題に関しては、既にTrac上でチケットが切られており(#13971)、修正コードもアップされているようなので、おそらく3.1には含まれるんじゃないかと思います。

それよりも厄介なのが2つ目の問題。前述のTadlockさんも「これこそがこの議論の本質」と書いているように、今後コミュニティに深い溝を作る原因となりえるとても重要な問題です。

更に、これもまたその過程の幾つかの出来事によって、更に複雑化してるようです。色々なところで関連記事やチケット上の議論などを読むと、以下がその”出来事”:

  1. WordPressは有志によってオープンソースとして開発されているにも関わらず、Trac上でチケットを切ることもなく、勝手に?トップダウンで?capital_P_dangit()が追加されていた。
  2. capital_P_dangit()の技術的問題に気づいた人が3.0リリース以前に切ったチケットがスルー?保留?されたまま3.0がリリースされた。
  3. このcapital_P_dangit()反対の声に対してのマットの反応が…うーん…どうもつっけんどんというか、一部の人たちは非常にエゴイスティックな発言ととったようです。

なお、上でも「一部の人たち」と書きました。いろんなとこで沢山の人たちが反対の意見を言っていますが、声を上げているユーザーはまだ全体のごく一部だと思います。認識しているけどあえて首をつっこんでいない人たちも大勢いるようです。また、意見を述べている人たちの中にも、この人は真剣に考えてレスしてるなー、と思うのもあれば、過剰に反応している人、とりあえず便乗している人、そう思われる人たちも多いと感じました。

また、一部の場においてはその議題からそれて発展していたり、ねじれたりしているようでもあります。とはいえ、ともかく、良いか悪いか「WordPressの開発はどうあるべきか」「コミュニティと開発側はどうつきあえば良いか」といったレベルにまで議論が膨らんでしまっています。

フィロソフィー

この問題、正しい悪い、ではなくコミュニティに関わる人各々のフィロソフィー(哲学)とか考え方の違いなので白黒つけるのは難しい問題じゃないでしょうか。ただWordPressの場合、そのオープン性とかコミュニティとか自由(Freedom)というフィロソフィーに共感し、使い続けてる人もいると思います。特に古くから.orgを使っている人たちには多いんじゃないでしょうか?そのため、「コミュニティーの声を無視している」と感じる人が多くなれば…もう分からないですね、その先は。

どうすればよいか

さて、日本のWordPressユーザーの方のほとんどは「いきなりフィロソフィーとか本質とか言われても・・・」だと思いますが、合ってますでしょうか?とりあえず今は次のように対応するのが良いのではと思います。

まず、こういう議論があったと頭の片隅におきつつ、3.1でリンク切れバグが解消するのを見守りましょう。そのリリースはまだ先ですが、直前になると今どうやら休戦中?の「いったんcapital_P_dangit()を削除してから最良の対応を再検討するべきだ」議論の再熱もありうるかと思いますので要注目かと。

次に、現在capital_P_dangit()が原因で何かしらの問題(リンク切れ等)を抱えている方は、capital_P_dangit()を無効にする2つの対策のうち1つを適用してください。

remove_filter( 'the_content', 'capital_P_dangit' );
remove_filter( 'the_title', 'capital_P_dangit' );
remove_filter( 'comment_text', 'capital_P_dangit' );

こういう非技術的な、フィロソフィーとかで議論が盛り上がるのはいかにも欧米だなぁと思います。また、そこまでWordPressが(特に米国では)浸透しているんだなぁ、とも感じさせられる議論です。テーマ作成やらスニペット、ティップスを追っかけるのも良いですが、それのみだとこういう本質的議論から生じた変更等の理解が深まらず、対応が後手後手になるかもしれません。意識しておきたいところです。

16 Comments

  1. この2つのこと気になってました。

    ライセンスとか表記とかおろそかにされがちな問題な気がします。
    今回プレミアムテーマは落ち着きましたが、今後も同じような問題がでてきてしまうんでしょうね…。

    • Thesisの件はひと段落したけど、他のプレミアム・テーマでGPL採用してないのもまだまだあるかも、ですよ。プレミアム・プラグイン、もありますしね。

  2. GPL関連の議論は引き続き盛り上がりそうですね。すごくまとまっていて参考になりました。ありがとうございます。

    • ありがとうございます!複雑ですね、この議論。GPLもフィロソフィーも、まだまだ続くと思います。建設的に前に進んでほしいところ。

  3. 一応補足すると、GPL が法廷で争われた実例はあって、2006年にドイツの法廷で、GPL の有効性を認める判決が出てます。
    大学の先生にも聞いて見たところ、絶対とは言わないが日本でもドイツと同様 GPL の有効性を認める判決が出る可能性は高いだろう、とのことでした。

    マットも DIY の LLC も米法下で争うことになると思うので、イコールではないけれど、WP は世界中で使われているので、どこで争われてもおかしくないってことで参考まで!

    • ありがとうー!記事内に修正+加筆しました。検索したらすぐ出てきたので僕の調べ方が甘かったです (>_<)

  4. 実践的な記事ばかりでなく、こういう記事を日本語でももっと読みたい&書きたいですね。(勉強せねばっ)

    ありがとうございます。

  5. 僕もWordPressの皆さんと交流するようになってから、GPLについて勉強や理解が深まりました。
    一度話を聞かないと、なかなか文章だけでは理解が難しいかもしれないですね。
    これからも勉強していきたいと思います!
    記事、とても参考になりました!

    • ありがとうございます。やはり図とかあった方がよかったですかねー。僕もまだまだ理解できてないところが多いですので、書いてみることで自分自身が勉強になります。

  6. 僕は日本語しか読めないので
    記事大変参考になりました!
    記事の内容もっとたくさんの人が知ってほしいと思います。

    英語も勉強するようにします!
    ありがとうございました。

    • 「こういうことが起きている」を、まずもっと日本でも知ってほしいと思い、書いた記事なのでそう言って頂けると嬉しいです 🙂

      • 確かに利用者のほとんどは知らないと思います。
        日本でもblogやtwitter等、普及してきましたが
        システムや記事自体のライセンスの関心は一般的には低いような気がします。

        やっぱり、僕も勉強しなきゃー。

      • ライセンスだけではなく、理念とか信念とか…「便利だから」ついている機能ではなく、「どいう哲学」に基づいてついている機能、ということに対する考え方もですね。はい。僕もまだまだ勉強しなければです。

  7. 通りすがり

    2010年11月10日 at 12:55

    瑣末なことですが ×法定→○法廷 でしょうか。